東京地方裁判所 昭和24年(ワ)637号・昭23年(ワ)3441号 判決
原告 石川卯七
被告 篠瀬タケ 外一名
一、主 文
原告に対し、被告篠瀬タケは東京都品川区荏原西中延三丁目八百八十一番地所在木造瓦葺二階建家屋一棟建坪十二坪五合二階四坪を、被告朝妻英夫は右家屋中階下十二坪五合をそれぞれ明渡さねばならない。原告に対し、被告篠瀬は昭和二十三年二月一日以降右明渡済にいたるまで一ケ月金七十円の割合による金員を、被告朝妻は昭和二十四年三月四日以降右明渡にいたるまで一ケ月金五十円の割合による金員をそれぞれ支払わねばならない。
訴訟費用はこれを三分し、その一を被告朝妻の負担とし、その余を被告篠瀬の負担とする。
本判決は原告に於て被告篠瀬に対して金五千円の担保を供し、被告朝妻に対し担保を供せずして仮に執行することが出来る。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文第一乃至第二項同旨の判決竝びに仮執行の宣言を求め、其の請求原因として、原告は其の所有に係る主文第一項掲記の家屋を昭和十九年十一月二十日訴外高橋邦彦に期間の定めなく賃料一ケ月金二十三円五十銭毎月末日払の定めで賃貸したところ、其の後右高橋は昭和二十二年十月初旬頃、本件家屋より退去して新潟市西大畑町七百八十五番地に転居し、本件家屋の占有を放棄し賃料の支払いをしないので原告は高橋が黙示的に右家屋に対する賃貸借契約を解除する意思があるものと認め、昭和二十三年一月二十一日に高橋に到達した書面により右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたので右賃貸借契約はこれにより解除せられた。
仮に右契約解除の事実が認められないとするも、訴外高橋邦彦は原告の承諾なくして昭和二十三年一月頃から被告篠瀬に対し本件家屋全部を、又同年六月頃から本件家屋の階下十二坪五合を被告朝妻に転貸したので、原告はこれを理由に右高橋邦彦に対し昭和二十五年九月五日到達の書面で本件建物に対する賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
そして被告等は前記のように原告の承諾なくしてそれぞれ本件家屋に居住し、原告の右家屋に対する使用收益を妨げ、原告をして右家屋に対する家賃相当の損害を被らしめている。よつて原告は被告等に対し本件家屋の明渡を求め、且つ被告篠瀬に対してはその不法占有後たる昭和二十三年二月一日以降右明渡済にいたるまで一ケ月金七十円の割合、被告朝妻に対しては本件訴状送達後たる昭和二十四年三月四日以降右明渡済にいたるまで一ケ月金五十円の割合による各賃料相当損害金の支払を求めたるため本訴に及んだ、と述べ、被告の主張事実を否認した。
<立証省略>
被告両名訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、答弁として本件家屋が原告の所有に属すること、訴外高橋邦彦が原告主張のような約定で原告より本件家屋を賃借したこと(但し右賃貸借契約の成立の日は昭和十九年九月二十六日である)右高橋が原告主張の日時頃本件家屋より退去して原告主張の場所に転居したこと、被告両名が現在本件家屋に原告主張のように居住していること及び原告主張の賃料が適正賃料の範囲内であることは認める。しかし、原告より高橋に対して其の主張の日時主張のような賃貸借契約解除の意思表示のあつたことは不知である。仮に右意思表示があつたとしても、被告篠瀬は、高橋と内縁関係にあつたもので、高橋が本件家屋を賃借した昭和十九年九月当時から同人と本件家屋に同棲し、両人の間に生れた三人の子女(内二名は庶子)を養育して来たものであり、被告朝妻は、高橋の甥であつて昭和二十二年四月より本件家屋に同居しているものである。そして高橋はたまたま仕事の関係上、原告主張の通り新潟市内に転居したけれども、同人は被告篠瀬との関係絶つたものではなく、其の後もしばしば被告篠瀬の許に来て、同人並びに子女の生活の援助を続けているものであつて、高橋には本件家屋に関する賃貸借契約を解除する意思はなく戸口には高橋の標札が表示され、家賃も高橋名儀で弁済供託している。従つて原告の賃貸借契約解除の意思表示のみでは原告高橋間の右賃貸借契約は解除せられず、高橋と前記関係にある被告両名が、同人の賃借権に基き本件家屋に居住するのは正当であつて不法に本件家屋を占拠するものではない、と述べた。<立証省略>
三、理 由
訴外高橋邦彦が原告より其の所有に係る本件家屋を期間の定めなく賃料一ケ月金二十三円五十銭、毎月末日払の約で賃借したこと(但し賃貸借契約成立の日には争がある)右高橋が、昭和二十二年十月初旬頃本件家屋より退去して新潟市西大畑町七百八十五番地に転居したこと並びに現在被告篠瀬が本件家屋に居住し、被告朝妻が右家屋の中階下十二坪五合に被告篠瀬と同居していることは当事者間に争いがない。そして成立に争のない乙第一号証によれば右賃貸借契約成立の日は昭和十九年九月二十六日であることを認めることが出来る。
次に証人高橋邦彦の証言並びに被告篠瀬タケ本人訊問の結果を綜合すれば被告篠瀬は訴外高橋の妾として昭和二十年八、九月頃から本件家屋に高橋と同棲し両人の間に生れた三人の子女を養育して来たものであり、被告朝妻は高橋の正妻の甥であつて昭和二十一年大倉高商入学以来本件家屋に同居していたものであり。被告等は高橋が本件建物より退去して後に転貸を受けたものではないことが認められる。
そして前記証拠と公文書なるにより真正に成立したと認める乙第八号証とを綜合すると、訴外高橋は昭和二十二年十月初旬本件建物を退去する当時、再度東京都内に転入し、本件建物に居住することあるべきを予想し、乙第八号証の転入承認書の下附を受けていたことを認め得るので、同人がその当時本件建物に対する賃貸借契約解除の意思又は賃借権抛棄の意思を原告に対して黙示的に表示したとの原告主張は肯定できない。よつて原告が予め高橋に対し賃料支払の催告をなさずしてその主張日時、高橋の退去を理由に契約解除の意思表示をしたとしても、これにより原告と高橋との賃貸借契約が解除されたものということはできない。
しかし、以上の各証拠と、第三者の作成になるものであるから当裁判所において真正に成立したものと認める乙第四、五、六号証の各一、二第七号証、第十号証の一、二とを併せ考えると、訴外高橋は新潟市に転居後、数度被告篠瀬を訪ね、又数回にわたり数千円を送金しているその反面において、同人は本件建物における住居を廃止し、被告篠瀬との同棲生活をやめ、新潟市において就職をなし、本妻及びその子と同棲し、その後満三年以上を経過した今日なお同市に居住する事実を認め得るので、被告等は高橋の前記転出と同時に同人と別個独立の生活に移つたものと認めるのほかなく、かかる場合においては、被告等は高橋の同居人又はその留守番として本件建物を占有するものと解することはできない。されば被告篠瀬は少くとも昭和二十三年二月一日(原告が高橋に対し賃貸借契約解除の意思表示をなした以後)より、被告朝妻は昭和二十四年三月四日(本件訴状送達以後)より、それぞれ原告に対抗し得る正当権限なくして本件建物を占有し原告に対し建物の賃料相当額の損害を被らしめているものといわなければならない。
(なお、成立に争のない甲第二号証の一、二によると、原告は昭和二十五年九月五日到達の書面で高橋に対し、同人が原告の承諾なくして被告等に対し、本件建物を使用させたことを理由に契約解除の意思表示をなしたことを認めることができるので、原告と高橋との本件建物に対する賃貸借契約はこれにより解除されたことが肯定できる)
よつて原告が被告等に対し、それぞれ本件建物の全部又は一部の明渡を求め、被告篠瀬に対しては昭和二十三年二月一日以降明渡済まで一ケ月金七十円の、被告朝妻に対しては昭和二十四年三月四日以降明渡済まで一ケ月金五十円(右金額がいずれも適正賃料の範囲内であることにつき当事者間に争がない)の各割合の損害金の支払を求める本訴請求は正当であるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条に則り主文のように判決する。
(裁判官 原宸)